第1回で若宮正子さん、第2回でジュリア・チャイルドさんを紹介してきました。
「勇気が出る」という声をいただく一方で、 「やっぱり特別な人だから」という感想も。
では、「特別な人」と「普通の人」は何が違うのでしょうか?
今日は、遅咲きの女性を紹介する代わりに、 この問いについて考えてみたいと思います。
特別な人とは、誰のことだろう
社会的に成功した人が「特別」なのでしょうか? テレビに出る人、本を出す人、世界で認められる人。 そういう人だけが「特別」なのでしょうか?
私は葬祭業を営んでいます。 たくさんの人生の最期に立ち会ってきました。
その中で、忘れられない女性がいます。

夫にとって、唯一無二の存在だった女性
夫が語ってくれた妻の姿。
「社交的じゃなかった。人の輪の中心にいるタイプでもなかった。でも、家に帰ると誰よりも安心できた。彼女といると、自分でいられた」
派手なことは何もしていない。 ただ、夫の話を聴き、寄り添い、日々を重ねた。
彼女が旅立つとき、私が目にした光景は、、、、
棺の中に敷き詰められた、たくさんの手紙。 離れて暮らしていた時期に、夫から届いたラブレターでした。
彼女は、そのすべてを大切に保管していたのです。 そして夫は、それを彼女と一緒に送り出すことを選びました。
愛にあふれた、あたたかなお別れでした。

「特別」とは、何かを達成することじゃない
若宮正子さんは、AppleのCEOに認められました。 ジュリア・チャイルドは、アメリカ中の家庭に知られる存在になりました。
でも、この女性は誰にも知られていません。 社会的な功績は、何もありません。
それでも、夫にとっては唯一無二の「特別な存在」だった。
特別とは、何かを達成することじゃない。 誰かにとっての「かけがえのない存在」になること。 それは、ひょっとしたらどこにでもある誰かのことなのかもしれません。そして毎日の積み重ねが彼女を特別な存在と下のだと思いませんか?!

もうひとつの「特別」- 自分で自分を知ること
特別な存在とは、人からそう言われる前に、 自分がユニークな存在であると知ることでもあると思います。
実は私自身、今まさにそれを実践しています。
「結活」という言葉を作り、こうしてブログを書いている。 誰かに読んでもらいたいと思わなければ、嘘になります。
でも、特別な誰かがやっているわけじゃない。 普通の私が、やりたくてやっていること。 日々、徒然に、内側から湧き出る言葉を、ただひたすらに伝えている。
認められるかどうかは、わからない。 でも、「これは大事だ」と思ったり感じたことを素直に表現しようとしているのです。
私はそれが、自分をユニークな存在だと知るということ。 自分を愛し、大切にするということだと思っているのです。

特別な人と普通の人、違いはあるのか
若宮さんもジュリアさんも、最初から特別だったわけじゃない。 何かを達成したから特別になったわけでもない。
自分が好きなこと、大切だと思うことに没頭していた。 それを続けていた。 その結果、社会が「特別だ」と見るようになった。
夫にとって唯一無二だった彼女も、 毎日、夫の話を聴くことを続けていた。
私も、伝えたい言葉を伝え続けている。
特別な人と普通の人。 その違いは、才能でも環境でもなく、 「始めること」と「続けること」なのかもしれません。

あなたも、すでに特別な存在
あなたは誰かにとって、かけがえのない存在ですか? あなたは自分のことを、ユニークだと知っていますか?
「終活」は、人生の終わりに向けた準備。 でも「結活」は、最期まで生命力を感じて生きること。
誰かにとっての特別な存在として、 そして、自分自身のユニークさを知る存在として、 今日を生きてみませんか?

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