今日から我が家に、マレーシアの生徒がホームステイすることになりました。事前に聞いていたのは「宗教上の理由で牛肉を食べません」ということ。宗教を尋ねると、仏教だそうです。
私たちも仏教徒です。でも、牛肉も豚肉も何でも食べます。同じ仏教なのに、なぜこんなに違うのだろう?そんな素朴な疑問から、今回の気づきは始まりました。

命への敬意を食事で表す
マレーシアの仏教徒の多くは中華系で、大乗仏教の影響を受けています。牛肉を避けるのは、牛が農耕を助け人間の生活を支えてくれた恩ある動物だから。「報恩」の精神です。また、観音菩薩を篤く信仰する人々は、牛を観音様の化身や使いと考え、牛肉を口にしません。彼らにとってそれは、単なるルールではなく、「慈悲」「感謝」「命への敬意」という仏教の教えを、日々の食事で実践する方法なのだそうです。

同じ仏教、違う実践
同じ仏教でも、文化や歴史によって実践の形は異なります。日本の私たちは、お葬式やお盆、法事の時に仏教を意識します。一方、マレーシアの彼女にとって信仰とは、毎日の食卓で向き合うもの。生活そのものに溶け込んでいます。
この違いに触れて、私は考えました。信仰とは何だろう?と。

信仰した上で、どう生きたいか
そしてたどり着いたのは、「信仰した上で、どう生きていきたいか」という問いでした。何を信じているかよりも、その信仰を通じてどんな人生を選び取るか。それが本当は大切なのではないか。
葬儀の仕事で多くの別れを見てきました。お別れの当日にどんな儀式を執り行うかを考えることも大切です。でも、日々の関わりの中で感謝や愛情を表現してきた家族が、より後悔のないお別れになっていくケースが多いように思います。形式ではなく、日々をどう生きたかが、その人の人生を物語るのです。
今回のホームステイ受け入れは、異文化交流という枠を超えて、私自身の生き方を見つめ直す機会になりそうです。牛肉を食べる食べないではなく、毎日の小さな選択の中に、自分がどう生きたいかが現れる。それに気づかせてくれた出会いに、感謝しています。

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