前回、喫茶店で友人が語った墓じまいの話をご紹介しました。
「息子には墓守が荷が重すぎるから」という子を思う親の心。
その話を聞きながら、考えてみました。
墓じまいをした後、何が残るんだろう?

形がなくなるということ
墓は、それまで繋いてきた先祖の「形」です。
年に何回か訪れる場所。手を合わせる場所。先祖が眠る場所。
その形がなくなるということは、どういうことなんだろう。
友人は「息子に負担をかけたくない」と言いました。それは本当にそうで、墓がそこに存在し続けるには、守り手入れする人が必要になるのです。
でも、墓という形を手放した後、先祖との繋がりはどうなるんだろう?

友人が語ったもう一つのこと
実は、友人はもう一つ話してくれました。
私が一年前から妹と一緒に家系図を作っていたことを知っていた彼女は、こう言ったんです。
「その後、家系図は完成した?」
私も「墓じまいの後は、家系図を残そうかと思ってる」
その言葉を聞いて、墓と家系図が
先祖代々という同じ想い のもと存在することに気がつきました。
墓という形は手放すけれど、何も残さないわけじゃない。形を変えて、繋がりを残していこうとしている。

人は何かを残したいもの
子どもの代に移った時、人は何かを残してはいきたいものなのかもしれない。
それは墓という物理的な「形」でなくてもいい。
でも、「ここに確かに生きた人たちがいた」という証。「私たちは繋がっている」という実感。
そういうものを、何らかの形で次の世代に手渡したい。
友人の言葉から、そんなことを感じました。

形式より本質
私が提唱している「結活」は、終わりに向けて準備する「終活」ではなく、生きている間に繋がり直すことです。
墓参りという「形式」がなくなっても、先祖への思いという「本質」は残せる。
友人は、それを家系図という形で実現しようとしていたんですね。
家系図は、親子で一緒に作れます。
「おじいちゃんはどんな人だった?」「この人は誰?」
そんな会話をしながら、家族の物語を語り合う。墓参りとは違う、新しい繋がりが生まれるかもしれません。
そして、家系図は息子さんが、その先の世代が、追記していける。生きた記録として、未来に繋いでいける。

墓じまいは終わりじゃない
墓じまいは「終わり」じゃなくて、「新しい繋がり方の始まり」。
友人の言葉から、改めてそう感じました。
人は、子どもの代に何かを残したいと思うもの。
それが墓でなくてもいい。家系図という形で、家族の物語を手渡していく。それも、素敵な選択の一つだと思います。
家系図作りに興味を持たれた方へ
私自身の家系図作りの体験については、こちらの記事で詳しく書いています。
「先祖との対話が始まる旅—家系図という時空を超えた冒険」 👉 記事を読む
そして家系図を作成するにあたってプロをお探しの方は 辿りびと家系図 をお尋ねください。
#墓じまい #終活 #結活#家族葬 #家系図 #家族の物語 #新しい繋がり #先祖供養 #これからの生き方

