相続問題は家族間のトラブルに発展しやすく、大切な家族関係を壊してしまうこともあります。そうした不幸な事態を防ぐ有効な手段が「遺言書」です。しかし、民法で定められた要件を満たさない遺言書は無効となり、せっかくの遺志が活かされないリスクがあります。
実際、裁判所の統計によれば、遺言書に関する紛争の約40%は形式不備による無効が争点となっています。これは多くの人が遺言書の正しい書き方を知らないまま作成していることを示しています。
この記事では、遺言書が無効にならないための3つの重要ポイントを、具体例を交えながら詳しく解説します。これから遺言書を作成する方はもちろん、すでに作成済みの方も、内容を見直す良い機会になるでしょう。

遺言書の正しい書き方|法的に有効な遺言の種類を理解する
遺言書には主に3種類の形式があり、それぞれ異なる要件と特徴があります。まず、法律で認められている遺言の形式を正しく理解しましょう。
1. 自筆証書遺言
最も一般的な遺言形式で、遺言者が全文を自分で書くものです。
メリット:
- 費用がほとんどかからない
- 他人に知られずに作成できる
- いつでも簡単に書き直しができる
デメリット:
- 形式不備で無効になるリスクが高い
- 紛失や改ざんのリスクがある
- 家族が発見できない可能性がある
2019年1月の法改正により、財産目録についてはパソコンで作成したものを添付することが可能になりました。また、「自筆証書遺言保管制度」が創設され、法務局で遺言書を保管してもらえるようになりました。この制度を利用すれば、形式の確認や原本の適切な保管ができるため、無効リスクや紛失リスクを大幅に軽減できます。
2. 公正証書遺言
公証人が作成する最も確実な遺言形式です。
メリット:
- 公証人が関与するため形式不備がほぼない
- 原本が公証役場で保管されるため紛失の心配がない
- 公的証書なので家族間の争いが起きにくい
デメリット:
- 公証人への手数料がかかる(財産額により異なるが数万円程度)
- 証人2名が必要(ただし公証役場で紹介してもらえる場合もある)
- 公証役場に出向く必要がある(ただし病床などの場合は出張対応も可)
3. 秘密証書遺言
内容を秘密にしたまま公証人に保管してもらう形式です。
メリット:
- 内容を秘密にできる
- 公証人が関与するため一定の法的安定性がある
デメリット:
- 手続きが複雑
- 内容に不備があっても公証人のチェックを受けられない
- ほとんど利用されていない
遺言書の正しい書き方を考える際、まずどの形式を選ぶかが重要です。確実性を重視するなら公正証書遺言、費用を抑えたいなら自筆証書遺言がおすすめです。特に財産が多い場合や相続人間に争いが予想される場合は、公正証書遺言が適しています。

遺言書の正しい書き方|自筆証書遺言の絶対的要件を満たす
自筆証書遺言を選んだ場合、以下の要件を必ず満たさなければなりません。これらの要件は民法968条に定められており、一つでも欠けると遺言全体が無効になってしまいます。
1. 全文自筆の原則
遺言者本人が全文を自分で書かなければなりません。パソコンやワープロの使用は認められません(ただし2019年の法改正により財産目録については例外あり)。また、代筆も認められません。
具体例:
- ✕ 家族に書いてもらった遺言書に署名だけする
- ✕ ワープロで作成した文書に署名する
- ○ 全文を自分で手書きする
手が不自由で長文を書くのが困難な場合は、公正証書遺言を選ぶことをおすすめします。
2. 日付の記載
作成年月日を必ず記入する必要があります。「令和6年4月14日」のように、年月日を明確に記載しましょう。
具体例:
- ✕ 「春頃作成」
- ✕ 「2025年4月」(日の記載がない)
- ○ 「令和6年4月14日」または「2025年4月14日」
複数の遺言書が見つかった場合、日付が重要な判断材料となります。一般的に新しい日付の遺言が優先されるため、正確な日付の記載は非常に重要です。
3. 氏名の自署と押印
遺言者の氏名は必ず自分で書き(自署)、押印する必要があります。この押印は実印である必要はありませんが、印鑑登録されたものを使用するとより確実です。
具体例:
- ✕ 氏名をゴム印で押す
- ✕ 署名はあるが押印がない
- ○ 自筆で氏名を書き、その横に押印する
また、訂正がある場合は、その箇所を二重線で消して、訂正箇所に押印する必要があります。修正液や貼り紙による訂正は認められません。
財産目録の特例
2019年1月13日の法改正により、財産目録についてはパソコン等で作成したものを添付することが可能になりました。ただし、各ページに署名と押印が必要です。
具体例:
- ✕ パソコンで作成した財産目録を署名・押印なしで添付
- ○ パソコンで作成した財産目録の各ページに署名・押印して添付
遺言書の正しい書き方|内容を明確かつ具体的に記載する
遺言書の内容面でも、後々のトラブルを防ぐために明確かつ具体的な記載が重要です。以下のポイントに注意しましょう。
1. 相続人と受遺者の正確な情報
相続人や財産を受け取る人(受遺者)については、氏名、生年月日、続柄を正確に記入します。特に同姓同名の親族がいる場合は、混同を避けるために生年月日や住所も記載するとよいでしょう。
具体例:
- ✕ 「長男に家を相続させる」
- ○ 「長男 山田太郎(昭和55年5月5日生)に以下の不動産を相続させる」
2. 財産の特定
財産については、できるだけ具体的に記載します。不動産は所在地と地番、預貯金は金融機関名、支店名、口座種類、口座番号など、特定できる情報を記載しましょう。
具体例:
- ✕ 「預金は妻に相続させる」
- ○ 「○○銀行△△支店普通預金口座1234567の預金全額を妻 山田花子に相続させる」
不動産については、登記簿謄本(登記事項証明書)の表示に合わせて記載するとより確実です。
3. 分配方法の明示
誰にどの財産をどのように分配するかを明確に記載します。割合で指定する場合も、具体的な数字で示しましょう。
具体例:
- ✕ 「財産は子どもたちで分けること」
- ○ 「財産の50%を長男 山田太郎に、30%を長女 山田花子に、20%を次男 山田次郎に相続させる」
また、特定の相続人に多くの財産を相続させる場合、他の相続人に対して遺留分を侵害する可能性があります。遺留分とは、一定の相続人に保障されている最低限の相続分のことです。遺留分を考慮した遺言内容にするか、遺留分放棄の手続きについても検討しておくとよいでしょう。
4. 遺言執行者の指定
遺言内容を確実に実行してもらうために、遺言執行者を指定することをおすすめします。信頼できる人や専門家(弁護士、司法書士など)を指定するとよいでしょう。
具体例:
- 「遺言執行者として弁護士 法律太郎(東京都千代田区霞が関1-1-1)を指定する」
遺言執行者を指定しておくことで、相続人間の対立があっても遺言内容を円滑に実行できる可能性が高まります。

遺言書の正しい書き方|よくある無効事例と対策
最後に、実際によくある無効事例と、それを防ぐための対策をご紹介します。
よくある無効事例
- パソコン作成:全文をパソコンで作成して印刷し、署名・押印だけ自筆
- 日付不備:日付が書かれていない、または不完全(年月のみで日がない)
- 訂正方法の間違い:修正液で消した、貼り紙をした
- 押印漏れ:署名はあるが押印がない
- 財産の特定不足:「預金は妻に」など、特定が不十分
- 相続人の特定不足:「子どもたちに均等に」など、特定が不十分
対策
- 専門家に相談:遺言書作成前に弁護士や司法書士などの専門家に相談する
- 公正証書遺言の利用:確実性を重視するなら公正証書遺言を選ぶ
- 自筆証書遺言保管制度の活用:法務局で形式チェックと保管をしてもらう
- チェックリストの活用:要件を満たしているか確認するチェックリストを使う
- 定期的な見直し:財産状況や家族構成の変化に合わせて定期的に見直す
まとめ|遺言書の正しい書き方で大切な意思を確実に伝える
遺言書は、自分の死後に財産をどう分配するかを法的に有効な形で残せる大切な文書です。しかし、形式や記載内容に不備があると無効になってしまい、故人の意思が反映されないことになります。
遺言書の有効性を確保するためには、以下の3つのポイントが重要です:
- 法的に有効な遺言の種類を理解し、適切な形式を選ぶ
- 自筆証書遺言の場合は、全文自筆・日付記載・氏名自署と押印の要件を満たす
- 内容を明確かつ具体的に記載する
特に自筆証書遺言は手軽ですが、形式不備による無効リスクが高いため注意が必要です。確実を期すなら公正証書遺言の作成をおすすめします。また、自筆証書遺言を選ぶ場合でも、法務局の「自筆証書遺言保管制度」を利用することで、形式不備や紛失のリスクを軽減できます。
遺言書は定期的に見直すことも大切です。家族構成や財産状況が変わったときは、内容の更新を検討しましょう。正しい知識と準備で、あなたの大切な意思を確実に伝えることができます。
生前の準備が、残された家族の負担を軽減し、円満な相続につながります。この記事を参考に、ぜひ有効な遺言書の作成に取り組んでみてください。