はじめに〜一見、対極に見えるけれど〜
「バウンダリー」という言葉は、少し冷たく聞こえるかもしれない。
線を引く。 境界線を作る。 距離を取る。
これまで伝えてきた「ありがとう」という温かい言葉とは、 対極にあるように見える。
でも、実は、根っこは同じなのだ。

「ありがとう」という言葉は、 **「当たり前なんてない」**という前提から生まれる。
すべてが当然だと思っていたら、感謝は生まれない。 何もかもが与えられて当たり前だと思っていたら、ありがとうは言えない。
だから、「ありがとう」を言えるようになるには、 まず、自分を見つめる時間が必要だった。
- 私は何を受け取っているのか?
- 私は何に支えられているのか?
- 私にとって、何が大切なのか?

自分と向き合い、 自分の心を知り、 そこから「ありがとう」が生まれた。
バウンダリーも、同じ。
線を引くためには、 まず、自分を見つめる時間が必要だ。
- 私は何を大切にしたいのか?
- 私のニーズは何なのか?
- 私はどう生きたいのか?
自分と向き合い、 自分の思いを知り、 そこから線が引ける。
「ありがとう」も、「バウンダリー」も、 どちらも、自分を見つめることから始まる。
そして、どちらも、結び直しには欠かせない。

結び直す前に、必要なこと
結活は、人生を結び直す活動。
切れてしまった縁を、もう一度結ぶ。 ほつれた関係を、丁寧に繕う。
でも、結び直す前に、どうしても必要なことがある。
それは、線を引くこと。
バウンダリーを引くこと。
バウンダリーとは何か
バウンダリーとは、境界線。
自分と他者との間に引く、見えない線。
「ここまでは私」 「ここからは相手」
その線を明確にすることが、バウンダリーを引くということ。
でも、この線を引くのは、思っている以上に難しい。
特に、調和や相手を慮ることを大切にしてきた日本人にとっては。

「私はどうしたいか?」という問い
バウンダリーを引くために、まず必要なのは、
「私はどうしたいか?」
という問いに、答えられることだ。
- 私は、何を望んでいるのか?
- 私は、何を大切にしたいのか?
- 私は、何を守りたいのか?
- 私のニーズは、何なのか?
この問いに答えること。 それが、線を引く前の、最初の一歩。

日本人にとって、簡単じゃないこと
「私はどうしたいか?」
この問いに答えるのは、日本人にとって簡単なことではない。
なぜなら、私たちは長い間、
- 調和を大切にすること
- 相手を慮ること
- 空気を読むこと
- 和を乱さないこと
そんな価値観の中で生きてきたから。
「私はどうしたいか?」よりも、 「みんなはどう思うか?」 「相手はどう感じるか?」 「これで丸く収まるか?」
そちらを先に考える癖がついている。
自分の思いやニーズを、後回しにする。 時には、見えなくなるまで、押し込めてしまう。
だから、「私はどうしたいか?」と問われても、 すぐには答えられない。
それどころか、 「私がどうしたいかなんて、考えたこともなかった」 と気づく人もいる。

自分の思い・ニーズを知ることから始まる
でも、自分の思いやニーズがわからないまま、 線を引くことはできない。
なぜなら、線を引くということは、
「ここは譲れない」 「これは大切にしたい」 「これ以上は受け入れられない」
と、自分の立場を明確にすることだから。
自分が何を大切にしているかわからなければ、 どこに線を引けばいいかも、わからない。
だから、結び直しの前に、まず必要なのは、
自分の思いやニーズを知ること。
それは、わがままになることではない。 調和を壊すことでもない。
ただ、自分の心に正直になること。 自分の声を、聞いてあげること。
線を引けるということ
自分の思いやニーズがわかったとき、 初めて、線を引けるようになる。
「私は、ここまでは受け入れられる」 「でも、ここからは無理だ」
その境界線を、はっきりさせることができる。
線を引くことは、冷たいことではない。 相手を拒絶することでもない。
むしろ、自分を守ること。 そして、相手との関係を、健全に保つこと。
線がないと、どこまでも侵食される。 自分が消えていく。 そして、いつか関係は壊れる。
線があるからこそ、 お互いを尊重しながら、 つながり続けることができる。

そして、結び直しができる
線を引けたとき、初めて、結び直しができる。
なぜなら、線があることで、
- 無理なつながり方はしない
- 自分を犠牲にしない
- 相手に依存しない
- 健全な距離感を保つ
そんな関係を、築けるようになるから。
バウンダリーがないと、結び直しができない理由

特に、人生の前半を、
- 子育てに費やしてきた人
- 家族のために尽くしてきた人
- 自分の夢を諦めて我慢してきた人
- 自分の本当の思いを押し殺してきた人
そんな人たちにとって、バウンダリーは絶対に必要だ。
なぜなら、線を引かずに結び直そうとすれば、 また同じことが繰り返されるから。
また誰かのために、自分を後回しにする。 また誰かのために、自分の思いを我慢する。 また誰かのために、自分を犠牲にする。
そして気づいたときには、 また自分が消えている。
前半の人生で、すでに十分に尽くしてきた。 すでに十分に我慢してきた。 すでに十分に犠牲にしてきた。
だからこそ、結び直しの前に、線を引く必要がある。
「これ以上、私は自分を後回しにしない」 「これからは、私の思いも大切にする」 「もう、我慢だけの人生は終わりにする」
その覚悟を持って、線を引く。
線があるからこそ、 今度は、自分を大切にしながら、 人とつながることができる。
結び直しは、昔と同じ関係に戻ることではない。
自分のニーズを知り、 線を引き、 新しい形で結ぶこと。
それが、本当の意味での、結び直し。

結活とバウンダリーは、セット
結活とバウンダリーは、矛盾しない。
むしろ、セットなのだ。
線を引かずに結び直そうとすれば、 また同じ問題が繰り返される。
自分を見失い、 相手に振り回され、 いつか疲れ果ててしまう。
でも、線を引いてから結び直せば、 お互いを尊重しながら、 新しい関係を築ける。
結び直しの前に、線を引く。
それが、健全な関係への道。
「私はどうしたいか?」から始めよう
もしあなたが、人間関係に疲れているなら。 もしあなたが、自分を見失っているなら。
まず、この問いから始めてみよう。
「私は、どうしたいのか?」
答えは、すぐには出ないかもしれない。 それでもいい。
問い続けること。 自分の声に、耳を澄ますこと。
そこから、すべてが始まる。
自分の思いやニーズが見えてきたら、 次は、線を引いてみよう。
「ここまでは大丈夫」 「でも、ここからは無理」
その線が引けたとき、 あなたは初めて、自分を守れるようになる。
そして、その線があるからこそ、 安心して、人と結び直すことができる。

おわりに
結活は、ただつながることではない。
自分を知り、 線を引き、 そして、新しい形で結ぶこと。
バウンダリーは、人を遠ざけるためのものではなく、 健全につながるための、土台。
そして、「ありがとう」も、バウンダリーも、 どちらも自分を見つめることから始まる。
「私はどうしたいか?」
この問いに答えられたとき、 あなたの結活は、本当に始まる。

あなたの結活が、自分を大切にしながら、人とつながる旅になりますように。
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