死を通じて「生きる」を知る ―映画が教えてくれたお葬儀の本当の意味

The image shows a yin yang symbol.

週末観た映画のワンシーンが心に残った。

「葬式って古臭いしお金の無駄遣いに思える」

若い彼女の率直な言葉に、主人公はこう答える。

「葬式は死を悲しむ過程で重要な儀式なんだよ。亡くなったことを認識するだけじゃなくて、生きていたことを認識する機会なんだ」

でも実は、この主人公自身が妻の葬儀に出ることができなかった。自分が運転していた事故で妻を亡くし、その自責の念から葬儀の場に立てなかったのだ。

葬儀の意味を誰よりも理解していながら、自分はそこにいられなかった。そのことへの後悔が、あの言葉に込められていたのかもしれない。

black flat screen tv turned on displaying man in black suit

お葬儀は、生命を感じる時間

長年この仕事をしていて、いつも考えている。お葬儀は誰の、何のためにあるのか。

故人のため?遺族のため?

もちろんその両方でもあるけれど、私はこう思う。お葬儀は、残された私たちが「生命を感じる時間」なのだと。

死を前にしたとき、人は初めて気づく。今日も呼吸していること、心臓が動いていること、目の前にいる人と話せることの奇跡に。

死を通じて、生命ある私たちに教えてくれるものは計り知れない。

関係性の大切さ、時間の有限性、言葉にしなかった想い、そして今ここに生きていることの意味。

sun light passing through green leafed tree

それぞれの形で受け取る

映画の主人公は、その後、著者として自分の経験を書き、語り、同じような悲しみを抱える人をサポートする場を設けていく。その活動を通じて、彼自身が無意識のうちに癒されていったようにも感じた。

グリーフに「こうすべき」という正解はない。葬儀に深い意味を感じる人もいれば、そうではない人もいることでしょう。古臭いと感じる人もいれば、その時間こそが区切りの時間と言う人もいる。

どれも間違いじゃない。

結活とは、死から学ぶ生き方

私が提唱している「結活」は、終わりに向かう活動ではなく、つながりを結び、生命を感じながら生きる活動です。

死は終わりではなく、生きることの意味を教えてくれる。そのメッセージを受け取る場所の一つが、お葬儀なのかもしれない。

大切な人の死を通じて、私たちは改めて「生きる」ことを学び直す。それこそが、結活の本質だと思うのです。


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a couple holding hands while standing next to each other

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